天才エメリャニチェフ登場
マクシム・エメリャニチェフ 3種鍵盤 モーツァルト・リサイタル

凄い人が出て来たと思ったのは、クルレンツィスの指揮するムジカ・エテルナの《フィガロの結婚》のCD(ソニークラシカル)。高い評価を得たこのモーツァルトでひときわ光彩を放っていたのが、エメリャニチェフがフォルテピアノで弾いた通奏低音だった。
才気渙発で即興的で創造性に富んでいて、ついつい通奏低音に耳が行ってしまうのだ。

エメリャニチェフは、ロシアに西欧の古楽演奏が導入されたペレストロイカの頃に生まれてモスクワで指揮法(それも大指揮者ロジェストヴェンスキーだ)とチェンバロとフォルテピアノを学び、現在ではフォルテピアノ及びモダンのピアノ奏者、指揮者として勢力的な活動を行なっている。モダン楽器と古楽器を何ら矛盾なく受け入れ、それぞれで高い水準を示すところに、新時代の音楽家の在り方を見ると同時に彼の天才を感じさせる。
モーツァルトのソナタのCD(アパルテ)について述べると、楽器はウィーン式アクションのヴァルターの複製。アゴーギクや即興的パッセージを大胆に取り入れた演奏は溢れるばかりの生命力と創造性、独創性に富んで痛快このうえない。
 そんなエミリャニチェフがチェンバロ、フォルテピアノ、現代ピアノを弾き比べるリサイタルをするという。これらは演奏技術も響きの作り方もまるで違うから同じ舞台で弾き分けるのは並大抵ではないが、彼ならそれ以上の成果を出してくれることだろう。
いずれにせよ、天才エメリャニチャフを実見する貴重な機会を今から心待ちにしている。

文/那須田 務(音楽評論家)

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