紀尾井 明日への扉 第31回出演
田中 渚 インタビュー

来る7月28日に『紀尾井 明日への扉』で待望のデビュー・リサイタルを開催する田中渚さんにお話を伺いました。

―――「明日への扉」に出演を打診された時はどのように思われましたか?
出演オファーをいただき、まず初めは驚きましたが、同時に嬉しさと緊張感でいっぱいになりました。でも今までお世話になった方々や先生方に今の私の演奏を届けられること、そして何よりもハープの演奏を初めて聴く方や音楽愛好家の方たちとハープの美しい作品を素晴らしいホールで共有できるとてもよい機会だと思い、お受けいたしました。
――― デビュー・リサイタルに選んだプログラムのコンセプトを教えてください
前半ではハープのオリジナル作品を、後半では名曲を基にした作品や知名度のある作曲家を取り入れ、19、20世紀の音楽を中心にプログラミングしました。プログラムに共通するのは、どの曲もこの時代のハープ作品のスタンダードなレパートリーということ。国際ハープコンクールの課題曲になるような大曲ばかりで数々の技巧を伴いますが、デビューリサイタルに相応しい華やかで美しい作品たちです。
初めに演奏するグランジャニーの《コロラド・トレイル》は、私のハープ人生で初めて先生に「この曲が弾きたいです! 次のレッスンで持って行ってもよいですか?」とお願いした大変思い入れのある作品です。ですから今回のコンサートの始まりにふさわしいと思いました。美しい旋律、ハーモニー、そしてハープとしての魅せ所がひとつの小品に詰まっています。
次の《ラプソディ》もグランジャニーの作品ですが、彼自身ハープ奏者であったために、楽器の魅力を効果的に引き出すのが本当に上手なんです。これも私が好きな曲のひとつで、ハープの持つパワーが余すことなく表現されています。
ダマーズの《シシリエンヌ・ヴァリエ》ではシチリアーナのリズムに乗せたノスタルジックな温かみを持つ曲です。
昨年亡くなった、ウーディの《ハープ・ソナタ》は、モデラート、レント、ヴィーヴォと3つの楽章からなっています。これは今回のプログラムの中で1番新しい作品で、ハープ奏者である彼の妻のために書かれています。
前半最後の《ムーヴマン》はマレスコッティが作曲した唯一のハープ作品です。優雅なだけでない、メリハリの効いた様々な動きを表現したいと思います。
後半1曲目のゴドフロワの《ヴェニスの謝肉祭》に出てくる印象的なテーマは耳にしたことがある方も多いと思います。ハープ版ではグリッサンドやアルペッジョを効果的に取り入れ、ヴィルトゥオーゾ風に大変華やかに仕上げられています。謝肉祭の明るく陽気な雰囲気ですね。
ファリャの《スペイン舞曲(スパニッシュ・ダンス)第1番》は、歌劇《はかなき人生》に出てくる小品ですが、様々な楽器、編成で演奏され世界中で愛されている曲です。
フォーレはハープのための作品を2曲残しています。そのうちのひとつである《塔の中の王妃》は彼の晩年の作品で、塔に閉じ込められた王妃の心の葛藤が小品の中に繊細に表現されています。私の大事なレパートリーのひとつです。
最後に演奏するツァーベルの《グノーの歌劇『ファウスト』の主題による幻想曲》は、劇中歌の名曲たちが約15分の中にギュッと詰まっています。
今回のプログラムは、短調で始まる曲があっても、実はどの曲も必ず終わりは長三和音になるんです。これらの作品から希望や祈り、期待等のポジティヴな意味合いを感じとりました。今の世界状況やデビューリサイタルとして、私が音楽で今表現したいこと、また若い今だからできるプログラムだと思っています。
――― 憧れ、または理想とする音楽家は?
2021年9月からオランダで一緒に勉強しているアンネレーン・レナエルツ先生です。私がオランダに留学したのも彼女がそこで教えているからです。もともと彼女の音楽に好感を持っていましたが、3年前にアメリカで彼女と初めてお会いした時に、なんというか、フィーリングが合うというか……でもその時は英語が話せず緊張してしまって、あまりお話しができなかったんです。でもいつか彼女のもとで勉強するのかも、と直感的に思いました。
彼女の温かな音色が特に好きで、それに加えて人柄もチャーミングで親しみがあってが大好きです。彼女はウィーン・フィルのハープ奏者として世界中で活躍していますが、オーケストラだけでなく、ソロ、室内楽など幅広い分野で演奏されています。私もソロだけでなくオーケストラや室内楽でも演奏したい。様々な楽器との経験は楽しいだけでなくアイディアや自分の音楽の色を増やすよい経験だと思っています。また、車の運転も好きなのでハープを車に乗せて日本のみならず世界各地を回るのにも憧れています。
――― ハープとの出会いとこの楽器の可能性

もともとハープを始める前にはピアノを習っていました。ピアノは今も昔も大好きで、中学校に入る時に、地元の学校に行きたくない、制服を着たくない、という理由から、普通の学校より音楽に浸かれる時間が多く制服もない、そして家からそこそこ近かった音楽大学附属中学校にピアノ専攻で入学しました。
中学高校とピアノ専攻生として楽しく学生ライフを満喫していたのですが、高校1年生のある日、たまたま母が買ってきていたハープ奏者のジュディ・ローマンのCDを聴いたんです。
それまで“天使が弾く優しい楽器”、“グリッサンド”、“ポロロン”のイメージだけだと思っていたハープが、音数の多いアグレッシヴな動きをしていて、その時に初めて、ハープは実はもっと表現の幅が広く可能性がある楽器なんだと気付かされました。
また、ハープはとても長い歴史を持つ楽器で、紀元前から現代まで様々な種類のハープ、そして演奏方法があります。演奏方法の例として、共鳴板を叩いて打楽器のように演奏したり、ペダルを使ったグリッサンドや、弦を爪で弾いたり弦を下の方を弾いてギターのような音色を出したりと、表現の幅が広い楽器だと思います。
今回のプログラムは19、20世紀の作品が中心ですが、現在一般的に使われているダブルアクションハープ(今回使用する楽器もそうです)だけでなく、マリー・アントワネットの時代に広く使われていたシングルアクションハープについても興味があるので、来年はそちらの演奏方法や古楽作品を学び、ハープでの表現の幅を広げていきたいと思っています。
――― プロフェッショナルの音楽家を目指すことなった時とそのきっかけ
高校生の時にジュディ・ローマンのCDを聴いてから、どうして私はハープというマイナーだけれど素敵な楽器に運よく巡り会えたのに、そのチャンスを活かさないのだろう、もっとハープでやれるべきことはあるのではないか?と考えました。
それから直ぐに当時の担任の先生に「ハープに転科したいです」と伝えました。でも学校のハープの先生から、「経験もないのにそんな突然に転科はできない」と言われてしまい、高校3年生の時にようやくハープ専攻生として学内のオーケストラに参加したり室内楽をしたりすることができました。当時私はハープ奏者としての演奏経験があまりにも少なかったので、この頃からコンクールを沢山受けて自分のレパートリーを広げ、舞台経験を積むことにしました。
大学1、2年生では国内のコンクールを中心に、3、4年生では海外のコンクールにもトライしました。そういうことをしていく内に様々な曲と出会いなお一層ハープが好きになりました。これで決めた!という“きっかけ”は正直思いつかないのですが、1度しかない人生を歩むのだったら、やりたいこと好きなことをする人生がよいなと思い現在に至ります。今までサポートしてくれた方々や今の環境に感謝しつつ、今は勉学に励み今後もハープと向き合い歩んでいきたいです。
――― 今回使用する楽器をご紹介ください
現在日本で使用している楽器、ライオン&ヒーリーのスタイル11号ゴールドで演奏します。
ただ、ハープはご想像の通りヴァイオリンやフルートのように気軽に持ち運びできる楽器ではないので、現在オランダではライオン&ヒーリーのスタイル85号を使用しています。
ライオン&ヒーリーはアメリカのシカゴで製造されている楽器で、最も世界シェアが広いブランドです。音の鳴りがよいこと、低音から高音までのムラのない音のバランスが特徴で、多くのハープ奏者に愛されています。
『明日への扉』で使用するスタイル11号はまだ作られてから3年程の若い楽器です。でも既にふくよかなキラキラしたよい音色がします。これからこの音がどのように変化し、深みを増していくのか、成長がとても楽しみです。
――― 紀尾井ホールについて

残念ながら今まで1度も紀尾井ホールで演奏したことがありませんでした。お友達からはすごくよいホールだよ!と聞いたり、木の温もりが感じられるホールの雰囲気がよいなと思ったり、演奏したらどのような響きがするのか勝手に想像していました。先日リサイタルの打ち合わせで来た時に初めて少し弾かせていただいたり、紀尾井ホール室内管弦楽団の定期演奏会で早川りさこ先生のハープ演奏も聴かせていただき、本当に無理なくよく響くホールだと実感しました。リサイタルで様々な音色を表現できること、そして会場でお客さまの皆さまとお会いできることをとても楽しみにしています!