ポルポラ/ダントーネ編:ピアノ協奏曲ト長調 (原曲:チェロ協奏曲)アジア初演に寄せて
                                 懸田貴嗣(チェリスト)

おそらく2005年のことだったか、ミラノのとある教会でオッターヴィオ・ダントーネが指揮するアンサンブル、アッカデミア・ビザンティーナのコンサートを聴いた。

そのころの私といえば、ダントーネと彼の指揮するアッカデミア・ビザンティーナの録音にCDが擦り切れんばかりに熱狂していて、実演は初体験。しかも当夜のプログラムには、アンサンブルの名チェリストであるマウロ・ヴァッリ氏によるポルポラのチェロ協奏曲が含まれており、期待は否が応でも高まっていた。

結果、コンサートは期待値をはるかに超えた実に素晴らしいもので、コンサートマスターであったモンタナーリの冴え渡るヴァイオリンと指揮者ダントーネによる繊細でいて細部まで美しく彫琢されたアンサンブルの響き、チェロのヴァッリの柔らかな歌に私はすっかり心を奪われた。このコンサートライブの記憶は、私がヨーロッパで聴いた公演全ての中でまず筆頭にあがる。ダントーネさん、あのときは美しい音楽を本当にありがとう!

ニコラ・ポルポラ(1686-1768)は、ナポリを代表するオペラ作曲家。もちろんオペラだけでなく多くの声楽曲や宗教曲、数は少ないが器楽曲も残している。

ポルポラはナポリのみならずローマ、ヴェネツィア、ウィーン、ドレスデンやロンドンといった大都市でも活躍し喝采を浴びたが、同時にファリネッリやカッファレッリといった当代随一のカストラートを育てた有能な声楽教師としてもその名は知られている。ウィーンでは若きハイドンの作曲の教師として、ハイドン曰く「作曲の真の原理」を伝えたという。

優れた声楽教師であったことからも分かるように、歌手の能力を知り尽くしたポルポラの叙情的な旋律美、そして当時の流行最先端であったギャラント様式の軽快な魅力には極めて抗しがたいものがある。現代イタリアの名カウンターテノール、フィリッポ・ミネッチャが「ポルポラは歌手にとって本当に特別な存在なんだ!」と熱く私に語っていたのも至極納得できる。そのポルポラのチェロ協奏曲は彼の数少ない器楽曲の代表作といってもいいだろう。

作品は手稿譜のみで残り、ロンドンの大英図書館に所蔵されている。作曲にあたってはローマの名チェリスト、G.B.コスタンツィとの交友が影響している可能性も指摘されている。1楽章と3楽章アダージョの歌には涙を禁じえず、2楽章と4楽章アレグロのポルポラ独特の走句やモティーフの反復はこの上なく楽しい。私個人としてはバロック期を代表するチェロ協奏曲の名作、いやこの際言ってしまおう、間違いなくナンバーワンと言ってもよい。

そんな名曲を、あの美しいポルポラの響きを現実のものとしてくれたダントーネがなんと鍵盤用に編曲して、紀尾井ホール室内管と演奏するという。

編曲は指揮者クラウディオ・アッバードの追悼公演のためにされたもので、今回アジア初演とのこと。あぁ、この機会を逃すのはなんともったいないことだろうか。あのポルポラの美しい協奏曲をダントーネ自身の独奏と指揮で、名人揃いの紀尾井ホール室内管の演奏で聴ける。ミラノで体験したあの美しい音楽が姿を変えて、紀尾井ホールで鳴り響くその時が待ち遠しい。

(かけた たかし/チェリスト)
紀尾井ホール室内管弦楽団 第137回定期演奏会
2023年11月17日(金)19:0011月18日(土)14:00
☆好評販売中☆

【曲目】
ヘンデル:歌劇《アルチーナ》HWV34~序曲、ガヴォット、サラバンド、ガヴォット、アリア〈復讐してやりたい〉
ヘンデル:歌劇《ジューリオ・チェーザレ》HWV17~アリア〈花咲く心地よい草原で〉
ヘンデル:歌劇《リナルド》HWV7~アリア〈風よ、暴風よ、貸したまえ〉
ポルポラ/ダントーネ編:ピアノ協奏曲ト長調 (原曲:チェロ協奏曲)[アジア初演]
ヴィヴァルディ:歌劇《テンペのドリッラ》RV709~シンフォニア
ヴィヴァルディ:歌劇《救われたアンドロメダ》~アリア〈太陽はしばしば〉
ヴィヴァルディ:歌劇《狂えるオルランド》RV728~アリア〈真っ暗な深淵の世界に〉
グルック:歌劇《パリーデとエレーナ》Wq.39~アリア〈甘い恋の美しき面影が〉
ハイドン:交響曲第81番ト長調 Hob.I:81