紀尾井 明日への扉 小林壱成インタビュー

「紀尾井明日への扉」に出演する期待の俊英、小林壱成(ヴァイオリン)に、公演に向けて思いを聞いた。(構成・文/柴田克彦)
※本稿は、2020年9月に行ったメール・インタビューを元に構成したものです。

楽器を始めたきっかけとプロを目指すきっかけを教えてください。

 

小さいころ住んでいた広島市に大きなカトリック教会(エリザベート音大を擁する「世界平和祈念聖堂」)があり、そこで行われるヴァイオリンやチェロ、パイプオルガンやトランペットから、古楽や歌に至るまでいろいろなコンサートに行っていました。クリスマスは本当に綺麗で、ベルギー人の神父さまから手造りクッキーをいただいて、暖かい紅茶を飲む、幸せで温かい思い出です。『転勤しても何か興味のあることを1つ続けていれば、すぐ友達ができる』『楽器をやっていると頭が良くなる』などと考えた母のもとで、自然とヴァイオリンを選んだようです。プロを目指すきっかけを意識したことはないのですが、ヴァイオリンを習い始めてジュニアオーケストラに入団し、全員で1つの曲を演奏する面白さ、楽しさを体験して、夢中でのめり込んで行きました。ただ次第に難しい曲を弾く機会が出てくると、当然技術の向上が求められ、さまざまな演奏家やオーケストラ、曲を知っていき、年齢を重ねていくにつれて、理想がどんどん高くなり、『もっと知りたい』『もっといい音楽、表現を再現したい』『極めていきたい』と思って自分と戦い続けてきたところ、今に至ります。

 

(以下2項は、コロナ禍以前の活動を回答していただきました)

現在ドイツに留学中ですが、活動状況は?

 

たびたび日本で演奏の機会をいただいていますので、平均して2ヶ月に1度くらい往復していると思います。ベルリンでは『たくさんのことをやりすぎずに、少しゆったりするように』と先生からアドヴァイスを受け、レッスンを受けて勉強して、さまざまなインプットを中心に据えています。演奏活動はアウトプットする作業ですので、インプットの時間が充実して有意義でないと、自分の音楽家としてのレベルは上がっていきません。

 

ドイツの暮らしはどうですか?


夜は演奏会を聴きに行きます。電車で15分程度でフィルハーモニーへ行かれますし、オーケストラやオペラ、晴らしいソリストたちの演奏を10~20ユーロの学生料金で聴けるので、毎晩どれを聞きに行こうか迷うほどです。学校ではしっかりレッスンを受け、ドイツ語を学び、友人達とたくさん話をします。ミュンヘンやハンブルグへレッスンを受けにも行きます。さらに、ドイツに限らずあちこちに出かけ、作曲家の生家や、散歩した道、彼らが生きた街を歩きます。歴史や文化、自然、考え方の違いなどを全身で体感し、日本ではわからなかった事を感じる毎日です。外国人として異国に住むことは、簡単なことではありませんから、自分の人間的な部分も成長しているのではないかと思います。日本を飛び出して世界を見て勉強することは、どんなに計り知れない影響があるでしょう。自分の世界が一気に広がり、新しい段階にいるという感じです。世界の中の日本の一人ということも、意識して日々考えるようになっています。昨年(2019年)は「ベルリンの壁崩壊」から30周年にあたり、ベルリン芸大オーケストラのヨーロッパツアーのコンサートマスターに指名され、英国王立音楽大学やハーグ、ロッテルダムの音楽院からのメンバーも迎え、「United Europe」と銘打って各国で演奏しました。最初にベルリンで住んだ部屋は、東側から西側に民衆がなだれ込み、壁崩壊のきっかけになった橋が窓から見えるようなところだったので、30年後のベルリン芸大で日本人の自分が「United Europe」のコンマスでツアーするのが、何か不思議な感じでした。

 

今回のプログラムについてお聞かせください。

 

今回のプログラムは、いま自分が弾きたい曲ばかりを集めています。前半と後半に一曲ずつ弾きたいソナタを置き、前半は流麗で快活なサンサーンスのヴァイオリン・ソナタ、後半には歴史的な内容をはらんだダークなプロコフィエフのソナタをコントラストとして配置しました。特に後者は、最初はグロテスクな気配が馴染めませんでしたが、勉強するにつれ引き込まれてしまったロシアのヴァイオリン・ソナタの金字塔です。そしてさまざまな色彩を持ち合わせた曲、シマノフスキでは、独特な神秘の世界と熱狂的なタランテラの踊り、ショーソンは、1曲目のシマノフスキを連想するような神秘的な雰囲気があり、繊細さと、妖艶な、罪を犯した快感の爆発と、また苦悩や狂気といった感情を感じる物語。どちらも東洋からインスパイアされた曲で繋がりができます。ピアソラは(2020年)3月に生誕100周年ということで、少し趣を変えて前後半をつなぎます。

 

今後どんな音楽家を目指したいですか?

 

自分に正直な音楽家でありたいと思っています。「音楽の良さを伝えられる音楽家」になれればと思っています。また、時を超えて受け継がれてきた曲を、次の世代にも引き継ぐことができるような音楽家でありたいですし、もっと日常にクラシック音楽が自然に入り込んで、親しむ機会が増えるようになるにはどうしたら良いか考えたいと思っています。

 

最後にお客さまに向けて、公演への抱負を。

 

昨今ではコロナウイルスの影響で人との距離を置かなければならない状況が増えて精神的な距離も遠くなってしまったり、心の触れ合う機会も同時に減りつつあり、非常に寒々しい状態になりつつあると感じています。この状況の中でもなんとかして演奏会を主催し、心をくだいてくださるホールの皆さまには、まず言葉にできないほどの感謝しかありません。そして、その演奏会で、言葉ではなく音楽を体験し発見して、何か心が温まったり、何か演奏会に来てよかったな、この曲素敵だったななど、何かをプラスな感情を持って家路につけるような演奏会にできたらと思います。皆さまと音楽を共有できることを楽しみにしております。

 

小林壱成 ●こばやし・いっせい ヴァイオリン
兵庫県に生まれ、広島、東京で育つ。
東京藝術大学大学院を経て、ベルリン芸術大学大学院に在学中。
Gyarfas Competition 2019(ベルリン)最高位、青山音楽賞新人賞、日本音楽コンクール、松方音楽賞ほか入賞受賞多数。ローム音楽財団、明治安田QOL文化財団等奨学生。NYCカーネギーホール、東京・春・音楽祭、ヴァディム・レーピンが監督を務めるトランス=シベリア芸術祭、「MAROワールド」、NHKFM「リサイタル・ノヴァ」等に出演。 2014年にはマキシム・ヴェンゲーロフとバッハの二重協奏曲のソリストとして、また「ヴェンゲーロフが選んだ日本の若手ソリスト」として共演、2019年にはベルリンにてドイツの名匠ゼバスティアン・ヴァイグレに才能を高く認められ、読売日本交響楽団と共演。銀座王子ホール・レジデント「ステラ・トリオ」メンバーのほか、各楽団のゲストコンサートマスターとして活躍中。

紀尾井 明日への扉 第30回小林壱成(ヴァイオリン)

2021年4月26日(月)19時開演(18時開場)

[曲目]シマノフスキ:ノクターンとタランテラ op.28
    ショーソン:詩曲 op.25
    サン=サーンス:ヴァイオリン・ソナタ第1番ニ短調 op.75
    ピアソラ:ル・グラン・タンゴ[ピアソラ生誕100周年記念]
    プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1番ヘ短調 op.80
[共演]小澤佳永(ピアノ)