ストラヴィンスキー《火の鳥》P.L.シェーファー編曲 室内オーケストラ版
〜日本初演に寄せて/垣内悠希(指揮)

今回演奏する《火の鳥》は、1945年版の組曲をドイツの作曲家シェーファー氏が小オーケストラのために編曲(2018)したものです。

 

ストラヴィンスキーはバレエ音楽として書いた《火の鳥》(1910)に組曲を3つ残しています。1911年版、1919年版、そして今回演奏する1945年版です。

 

ストラヴィンスキーの音楽を紐解いていく上で、この3つの組曲と全曲版は互いに補完的であり、それらの違いを知ることはとても有意義で興味深いものです。
1945年版には1919年版に含まれなかった曲が幾つか加えられています(一部は1911年版に含まれていたものです)。
結果として、1945年版はバレエ全曲の主要な音楽を殆ど網羅した理想的なダイジェスト版となりました。
また、1945年版は間奏曲を織り交ぜながら〈introduction〉から〈finale〉までほぼ途切れることなく通して演奏されるよう書かれています。
間奏曲を省いて各曲を個別に演奏する短縮ヴァージョンもありますが、1919年版との違いを明確にするためにも、今回は省略しないヴァージョンをお聴きいただきたいと思います(特に1919年版に慣れ親しんでいらっしゃる皆さんは、新鮮な驚きを感じられることでしょう)。
 
ストラヴィンスキーはその生涯で作風が大きく変化していったことで知られています。

 

原始主義+大編成(3管編成)で書かれた全曲版は、組曲では徐々に肉が削ぎ落とされ、シンプルで洗練されたものになっていきました。
そこで、1945年版でよく取り上げられる顕著な特徴のひとつが、終曲〈final Hymn(終曲の賛歌)〉の Maestoso の部分です。
1919年版ではさながら雄大なコラールのごとく演奏されることが多いわけですが、1945年版では四分音符が八分音符+八分休符に変わり、明確に鋭いスタッカートのように書かれています。
これを作風の変化と捉えることももちろん可能です。しかし、全曲版や1919年版を見返してみると、管楽器のどこにもレガートとは書かれていないのです。さらに、全ての音符にアクセントが付されていること、また弦楽器は全てダウンボウで書かれていることから、ストラヴィンスキーが当初からこうした響きを求めていた可能性も完全には否定できないのです。是非、先入観なしに聴いていただきたいと思います。
また、1945年版をご存知の方には、別な視点でこの作品に接するよい機会となるでしょう。

 

1942年に小オーケストラのために書かれた《ダンス・コンセルタント(協奏的舞曲)》と基本的編成が同じであることからも、シェーファー氏のオーケストレイションは決して奇をてらったものでなく(もしくはオリジナリティを過度に狙ったものでなく)、ストラヴィンスキーの音世界に極力沿おうとしたものであると思われます。小編成にすることで、特に管楽器の使い方に、多くの工夫が見られます。より室内楽的な様相を呈したこの編曲では、管楽器が全て2管から1管となったため、必然的にお互いの楽器を補い合うわけです。より音色の幅を広げるためにアルト・フルートやピッコロ、バス・クラリネットへの持ち替えを部分的に行っています。特にアルト・フルート(これはオリジナルの全曲版でも使われなかった楽器)を取り入れた所に、シェーファー氏のオリジナリティと工夫が見て取れます。
こうした工夫によって《火の鳥》がどのような新しい顔を見せてくれるか、また作品として変わらない魅力はどこにあるのか。
そんな視点で今回の演奏を楽しんでいただけたら、大変嬉しく思います。

 

挿入画:L’Oiseau de feu by V. Pleshakov (1923)

 

垣内悠希(指揮)
2011年ブザンソン国際指揮者コンクール優勝して国際的注目を集める。翌年には、東京フィルハーモニー交響楽団定期演奏会を指揮して東京デビューを飾り、「鋭敏な色彩感覚の反映された名演」と評される。
これまで、フランス国立ボルドー=アキテーヌ管弦楽団、イル・ド・フランス国立管弦楽団、ブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団、ミュンスター交響楽団、サンクトペテルブルク交響楽団、ウィーン室内管弦楽団、チリ交響楽団などを指揮。
国内では、東京都交響楽団、読売日本交響楽団、東京交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、京都市交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、群馬交響楽団、広島交響楽団、九州交響楽団、オーケストラ・アンサンブル金沢などに客演。2013年、ミュンスター歌劇場でオペラ・デビュー。同年3月には、小澤征爾氏の強い推挙を受けて小澤征爾音楽塾オーケストラを指揮して好評を博した。
東京生まれ。6歳よりピアノを、14歳より指揮の勉強を始める。これまでに小澤征爾、佐藤功太郎、レオポルト・ハーガー、ヨルマ・パヌラ、ジャンルイジ・ジェルメッティ、エルヴィン・アッツェル、イザーク・カラブチェフスキー、湯浅勇治の各氏に師事。2001年東京藝術大学楽理科を、2009年ウィーン国立音楽大学指揮科を首席で卒業。次いで2011年同音大劇場音楽科特別課程を修了。2016年より3年間札幌交響楽団指揮者を務めた。今後、国内外でのさらなる活躍が期待されている。

紀尾井ホール室内管弦楽団 第128回定期演奏会
5月21日(金)19:005月22日(土)14:00
☆好評販売中☆
 
【曲目】
モーツァルト:歌劇《イドメネオ》バレエ音楽 K.367 ~シャコンヌとパ・スール(1781)
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調 K.218(1775)[ヴァイオリン:玉井菜採]
ストラヴィンスキー:ダンス・コンセルタント(1942)
ストラヴィンスキー/パウル・レオナルト・シェーファー:バレエ組曲《火の鳥》室内オーケストラ版(1910/1945/2018)[日本初演]